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「大勢集まって踊りを楽しみたい」(引越し記事:1999/9/24)
ハンガリーの踊りを踊っている人は、少ないと言えども実は結構な数はいますよね。サークル(クラブ)の数にしても、関東近辺だけでも片手以上はあるんじゃないでしょうか。まあ、サークル自体は、その成り立ちや嗜好等から、いろいろと分かれてしまうのは、 ある意味で仕方の無いことだと思いますが、
「大勢集まって踊りを楽しみたい」
というのは、多くのサークルやハンガリーの踊りの愛好者に共通する目的だと勝手に思っているわけです (勿論、私もそうです)。

ハンガリーの踊りの場合は、どんな演奏であろうと、 メゾセーグの曲をかければメゾセーグの踊りを踊れますし、それは他の地方の踊りでも同様ですよね。
異なった先生から習ったとしても、メゾセーグの踊りはメゾセーグの踊りであって、
メゾセーグ#1でもメゾセーグ#2でもないわけですから。したがって、全く知らない相手とでも、
容易に踊れ、かつ踊りを楽しむ事ができると信じています。
だからこそ、「大勢集まって踊りを楽しみたい」は容易に可能だと思っています。(勿論、同様な他の民族の踊り、他の分野の踊りもあるだろうと思います)

これは、国内だけでなく、アメリカでも本国ハンガリーでも同様です。
ニューヨークのタンツハーズにいきなり行っても、必ず、最後にメゾセーギ・タンツォークがかかり、
同じような演奏で、初めて会うアメリカ人女性と何の違和感も無く踊れる。 コミュニケーションの下手な日本人にとっては協力な武器ですよ、これは (勿論、そこから会話も始めないといけませんが)。
ニューヨーク駐在の頃、同僚の中で、知り合ったアメリカ人の数、友達になったアメリカ人の数を競えば、 おそらくトップだっただろうという自負はあります。まあ、特定の分野に傾いているということはありますが (^_^;)。

こんなそんなができるのも、本国ハンガリーでタンツハーズ運動が成功しているおかげだと思います*。
勿論、それもそれぞれの村での踊りがあったればこそですが、タンツハーズ運動なくしてこれほどの広がりがあったかどうかは疑問です。私の浅い理解で解釈すると、タンツハーズ運動によってスタンダードが確立され、それがグローバル化したからというところでしょうか。

まあ、それはそれとして、「大勢集まって踊りを楽しみたい」 をもっと大切にしていきたいですね。サークルやクラブはいくつあってもいいけど、タンツハーズでは一緒に楽しみたい。せっかく、そういうハンガリーの踊りを踊っているのだから。

漠然と...各クラブが集まる、まさしく「タンツハーズタラールコゾ」 みたいなものができればいいな、なんて思ってます。

そんなわけで、8月の土香のタンツハーズは、手放しで楽しかったし、来年1月の TÁTIKAのタンツハーズも楽しみだぞ。踊り部は....まあ、そのうち(^^ゞ。
引き続き、皆さんからの情報をお待ちしています。■

* ちなみに、 ここ(http://www.datanet.hu/tanchaz/thdhg.htm) を見ると A Táncház Egyesület elnöke (The president of the Dance-house Guild)は、 Timár Sándor氏となっています。
# by odoribe | 2001-01-04 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
Vajdaszentiványでのこと(引越し記事:1999/9/16)
VAJDASZENTIVÁNY(バイダセンティバーニ)村は、トランシルバニアにある小さな村です。そこの踊りは、日本でも紹介されました。私の、とても好きな踊りの一つでもあります。さて、6月にそこを訪ねた時のことです。

この村のホスピタリティー(おもてなし?)は、ほぼ完璧だった。すべてが十分に準備され、かつ、また彼ら自身も、踊りに興じているようだった。「とても、よかった、感動した」と、ほとんどの人は満足して帰ったと思う。ただ、ひとつ残念なことは、私自身は十分にその場を楽しめなかった事である。

Timár氏から、村長が「日本との親善を深めたい」と言っているので話をして欲しいと言われ、会場である公民館の裏庭に行く。そこには、蛍光色っぽい黄色の派手なシャツを着た村長以下数人がいて、とりあえずはパーリンカで乾杯。さーて、これから「親善」が始まるのか、と思いきや何か雰囲気が違う。要は、「この村にも、アメリカ人やらオーストラリア人やら、多くの人が踊りを見て、習いに来る。村としてもキャンプを自分で開いたりしているが、なかなか儲からない。何かいい知恵は無いか。」
というものだ。


あげくのはてに、
「日本の戦後の復興はすばらしい、それを学びたいんだ」
ときた。気持ちはわかるが苦笑いするしかなかった。

こっちは、その悩みは理解するが、とにかく話が長く要領を得ないのだ。おまけにその長い話をマジャール語と英語の通訳で2回聞かねばならない。そのうち、ホールでは音楽が再び流れ始め、楽しそうな歌と歓声が聞こえる。そして、だんだん、英語への通訳もなくなってゆき、村長さんと通訳役のアメリカ人が専ら会話しているだけになる。こちらは???の時間が流れる。
「この間にも、私の貴重な時間は削られているんだ。」

一応、質問に対して、こちらとしては、
1.トランシルバニアやこの村来てみたいという日本人はたくさんいる(誇張含む)
2.彼らをここに来させるのは、とにかく、交通手段の確保(主要都市との連絡など)が必須条件である
と思いつきで答えた。


とまあ、こんな事があったのですが、実際、フォークロアに関心を持つ裕福な外国人旅行者と、現地の金銭的に貧しい村人という状況は、簡単に割り切れない部分があります。それを解決する簡単なツールとして、外国人はお金を使い、そして現地の人もそれを意識し、今は、自ら求めるようになっている状況なのでしょう。それは、まさしく観光化であり、勿論、それは一つの止められない流れでしょう。

一方でこの場合は、観光化するほどの需要があるのかという疑問と、観光化することにより観光資源(踊りと音楽)が乏しくなるという懸念があり、あまり成功するとは思えません。私としては、踊りや音楽でお金を稼げるというのは勘違いである、と、はっきり答えるべきだったかもしれません。しかし、デジタルビデオやDATを抱え、撮りまくっている自分を考えると、とても言えませんでした。■


# by odoribe | 2001-01-03 00:00 | Comments(0)
"Share"するということ(引越し記事:1999/9/1)

どの言語にも、それぞれ独特な言い回しがあって、それを正確に他の言語に翻訳できないことは多い。だいたいこんな意味だけれどもちょっと違う、または、同じ意味の言葉が2つも3つもある、というのが普通だ。結局は、言葉というものが、それぞれの文化に結びついているものだからで、意味の枠組みが文化によって異なるからである。

なーんて、前置きが長くなったけど、別にここで比較文化論とか言語学を論じようとするわけではなくて、そのほんの1例を紹介しようと思っているのだ。
英語の"share"である。日本語では、普通「分ける」と訳される。

"We did go to Erdely and we had a great time, saw and learned a lot. In a few weeks we will construct a home page and we hope to share our experiences with all of you." ( FolklorList* 99/8/17 by Kalman Magyar)

簡単に訳すと、「ちゃんとトランシルバニアに行ってきたよ。とっても楽しかったし、いっぱい見て帰ってきたから、そのうちホームページに載せるから見に来てね。」てな感じでしょうかね。

ここで、私だったら、ぜーったいに、"...we hope to give our experiences..." とか "...to show..." とかやってしまうに違いない。なんか押しつげがましいなと感じつつも。しかし、この方の場合は、「与える」でも「見せる」でもなく「皆さんと私たちの体験を分かち合いましょう」と言っているのである。

"share"とは、そもそも「分け前」。会社の価値を分けたものを"share"と言うが、日本語ではこれは「株」と言う。さて、英和辞典で"share"の動詞の意味を見ると、「分け合う」と「共有する」という言葉が出てくる。「おいおい、一体どっちなんだ」と言いたくなるよね。「分け合う」というのは分けることだし、「共有する」のは分けないことなんだけどね、普通は。まったく"share"という奴はわかりにくい。

もう一つの例で私の体験談を一つ。
アメリカにいた時、ある会議の会場で、私は見知らぬアメリカ人と椅子を一つはさんで座った。そのはさまれた椅子には、彼のかばんが置いてあった。私も、荷物が多くて、何とかその荷物を椅子に置きたいと思っていた。そこで、そのアメリカ人に聞いた。
「この椅子の半分使っていいですか(駄英語で)」。彼は、少し戸惑って(多分私の英語に)、"Sure. We can share it." と笑顔で答えたのである。なんてかっこいい答えだろう。それに比べてこっちの聞き方は...と感心すると同時に赤面したのを覚えている。

ある物を複数で使う場合、どうしても日本人は、「分けて」しまう。ここからそっちはあんたで、こっち側は私が使う場所、という風に。つまり、日本語で「分け合う」というのは、正確に言うと「分けて、独占する」という意味なわけです。したがって、ちょっとでもその境界線を相手が越えようものなら、「何て、非常識な奴なんだ」と影で非難してしまうんだ。
しかし、アメリカ人はその状況では、「分ける」のではなく"share"する。つまり、2つに分けず、一緒に共有して使うのである。そりゃそうだよね。だって、その時間、かばんが置ければそれで良いのだから。境界線など引く必要はどこにも無い。

したがって、同じ「分ける」でも、日本語では「分けて、独占する」のに対し、英語では、「分けて、共有する」ことになる。この差は、結構でかい。日本人が、英和辞書の"share"を引いて面食らうように、アメリカ人も「分ける」を辞書で引いたら、「分ける」、「独占する」という言葉が出てきてびっくりするかもしれない。「一体どっちなんだ」と。

どうだろう、「シェア」の考え方。私は、とても気に入ってしまった。
我々も、もっとシェアできるものがあるかもしれないね。これ、踊り部の精神でもありたいと思っています。■

"Sure. We'll be happy to share something with all of us."

(実は次回に続いたりする)

* これは、アメリカのハンガリーのフォークダンス関係のメーリングリストで、Kalman Magyar おじさんが発言したコメントの一部である。このおじさんは、アメリカの東部のハンガリーダンス関係の親分みたいな人だけど、その人が、今年、トランシルバニアツアーを企画・実行した。


# by odoribe | 2001-01-02 00:00 | Comments(0)
雑言3題(引越し記事:1999/8/18)
Unicum (Aug.18 1999)

Unicum(ウニクム)が超売れているらしい。というのも、 一部の女性の間で美の教祖様とされているらしい「叶姉妹」がご愛用されているからだそうだ。 何しろ、雑誌にそのことが掲載された途端、一瞬にして800本も売れということだからすごい。 もっと、驚いたのは「日本ウニクム販売」という会社の存在である。 そうかぁ、ウニクムで商売になるのかぁ。「そんなことだったら、買い込んでくれば良かった」 と思っている人も多いんでは?
ちなみに、Unicumとは、ハンガリーの養命酒みたいなものだけど、養命酒より、はるかに渋い味。 アメリカのハンガリー人は、お酒をたっぷり飲んだ翌朝に、「これがいいんだ」と言って、 みんなで回し飲みしていた。私も、真似してみたけど、確かに二日酔い気味には良いかもしれない。■

ZWACK UNICUM の Official Page

Utolsó Óra (Aug.12 1999)

ハンガリーダンスCDジャンキーには必聴の、 あの"Utolsó Óra program"に4作目が出たようだ。 6月に行った時はまだ店では見かけなかったから、出たばっかりなんだろう。 注目の4作目はGymes。これまで、Kalotaszegi、MezŐségi2作と続いてきて、 いいものを聞かせてくれていただけに今回も期待させる。

それにしても FONÓレーベルは、 Sándor Fodor (Neti) やCsík Jánosなど、知らないうちに「正解」なCDを多く出してる。 私なんぞは、しばらく前まではハンガリーのレコードはHungartonしかないと思ってた。 というかハンガリーのレコードはみんなHungartonと書いてあって、 "made in Hungary"みたいな意味だと思ってた。 それにしても、あの"ÉLŐ NÉPZENE"がエローなつかしいなあ。 そりゃそうだ、もう18年前だもんね。でも、あれを、超えるレコード(CD)は、いまだに無いと思うぞ。

ちなみに、その"Utolsó Óra program"のシリーズは、こうなっている。■

Váralmási Pici Aladár es bandája - Kalotaszegi népzene (1998)
Budatelke-Szászszentgyo:rgy - Mezőségi nepzene (1998)
Bare-Magyarpalatka " A Macsingok" - Mezosegi nepzene (1998)
Gyimesbu:kk-Hidegség;Timár Viktor es bandája - Gyimesi népzene (1999)

folkMAGazin (Aug.1 1999)

Web上で見られる、ハンガリーフォークダンスの雑誌 "folkMAGazin"の99/2-summer号が、発刊されました。 今のところ、PDF形式のみ掲載されていますので、読みたい方は、 AcrobatReaderでご覧下さい。("PDF"だとか、その辺の意味が不明な方は、 掲示板" NET TANCHAZ" で尋ねるか、 Webmaster までメール 下さい)
これって、昨年の98/3号からは、印刷のセキュリティーが外れて、印刷出るように なったんだよね。こっちはありがたいんだけど、大丈夫なんだろうか。 いずれにしても、英語の抄訳以外は、全てマジャール語だけど、写真もまあまあ使 われていて、見るだけでも得した気分にはなれる...かな。■
FolkMAGazin : http://www.c3.hu/~folkmag/ (リンク切れです)

# by odoribe | 2001-01-01 00:00 | ひとりごと | Comments(0)
   
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