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踊る場の方向性 (引越し記事:2000/1/14)
年末年始のタンツハーズシーズンが終わって、一つ思ったことがあります。
踊り部のタンツハーズでも、何とか自然にできないかなぁと思いつつ、少し工夫はしたつもりだけれど、結局はうまくはいきませんでした。

日本では、踊り手は、どうしてもその会場の中できれいに分散して踊りがちですよね。自分たちと回りとの前後左右の距離を均等に保ちながら、ぶつからないように踊ってしまうのが常です。その結果、その踊りの場全体としては、どちらが前でもなく後ろでもない状況、つまりその踊る場は、方向性や密度の変化がない、均質な場になっています。別の見方をすると、全ての人に平等な場を、全員で作っています。

一方で、現地の村にいくまでもなく、ブダペストのタンツハーズでも、踊りによっては、その踊る場に、はっきりとした前と後ろの方向性があります。そして、多くの人は前に集まりたがるので、前はぎゅうぎゅう詰めとなり、後ろは閑散としているという密度の変化が見られます。踊り手はどこに位置するかによって、踊り方や立場が変わる、もしくは変えるわけです。

もちろん、ここで日本の場のでき方が間違っていると言うつもりは全くありません。ただ、踊る場に前と後ろという方向性ができることによって、より躍動感のある(ダイナミックな)タンツハーズを楽しめる可能性があるのを放ってて置く手もないと思うのです。

とりあえず、この違いはどこから来るのかと言えば、誰でも思いつく通り、演奏家がそこにいるかいないかでしょう。演奏家に近いところが前、離れたところが後ろなわけです。多くの人は、演奏家のいい音を聞きたい、見たい、コンタクトしたいという気持ちで、前に集まるのだと思います。そして、残念ながら日本のタンツハーズでは、一般には演奏家はいません。踊り手が前に集まる動機付けがありません。あきらめるしかないのかなぁ。

とあきらめる前に、ダイナミックなタンツハーズの魅力をもう一度考えてみると、それは、タンツハーズの楽しみの世界が、個々のカップルという小さな世界から、その踊る場全体に広がるということでしょうか。例えば、メゾシェーギ・タンツォークで、速いテンポになってきた時に、踊り手が自然と前に集まり、それぞれのカップルが交替で得意技を披露しあう、というのは踊り手同士、踊り手と演奏家との掛け合いを含めて、結構エキサイティングな状況です(こういう踊り方が現地の村で行われているかどうかは知りません)。それに比べて、現在のような等質な踊る場は、まるで、練習、もしくは踊り込みを延々としているようでもあります。カロタセーギ・レゲーニェッシュがかかっても、踊り手の位置と向く方向は、人によって異なるし、同じ人でも変わっていくのをよく見ます。

そうした状況は、兎にも角にも演奏家がいないとできない、でしょうか。また、故意に方向を決めて(演奏家もいないのに)前に集まったら、不自然でおかしいでしょうか。私は、必ずしもそうは思いません。踊り手がそういう踊り方を知らない、知っていても仕掛けない、という意識の問題が大きいと思います。逆に、演奏家がいるタンツハーズでも、誰かが率先してリードしない限り、踊り方はかわらないでしょう。踊りそのものも、また、踊り方も、私は意識的に模倣することが大切だと思っています。

まあ、試しに、だまされたと思って、やってみませんか。特に、そういうタンツハーズを体験している人、次のタンツハーズでは、仕掛けてみませんか。■


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# by odoribe | 2001-01-07 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
"TANC MÛVÉSZET MAGAZIN" (引越し記事:1999/10/15)
以前、ここで、FolkMAGazinという、ハンガリーのフォークダンス関係の雑誌のHPを紹介した事がありましたが、もう一つの有力誌である"Tanc Művészet Magazin (舞踊芸術マガジン) "という雑誌のHPを紹介します。

ここは、以前はしょうもないコンテンツだったんですが(あくまでWebコンテンツのことです←後注釈)、最近、FolkMAGazinと同様に過去の内容をPDF形式で提供するようになりました。で、直近の1999.3号を見ると、表紙が CSILLAGSZEMŰ になってまして、真ん中のページに見開き2ページで TIMÁR KAMARA と CSILLAGSZEMŰ の記事が載っています。

この"TANC・・"という雑誌は、フォークダンスよりも、バレエの方がむしろ主力の雑誌ですが、その雑誌の表紙に選ばれるのは名誉なことらしいです。記事自体は、マジャール語なので、チンプンカンプンですが、写真も多いので見る価値はあると思います。また、別ページに英語の記事抜粋があります。■

※ Tanc Muveszet Magazin
<http://www.magyar.org/tancmuveszet/index.html>
リンクをたどるのは実は単純ではなーい。ここから、右側の "XXVII. 1996. 6. issue" をクリックし、さらに、"1999. 3. szám" をクリックする。すると、その号のインデックスのページとなる。そして、それぞれのインデックスをクリックすると、PDFファイル(Acrobat Reader のファイル)がダウンロードされる。

※ちなみに、TIMÁR KAMARAは、TIMÁR氏が指導する少人数の舞踊団、CSILLAGSZEMŰは、TIMAR氏の奥さんであるBÖSKEさんが指導する子供の大舞踊団です。2人とも、日本には15回?以上来日して講習しています。

PDFファイルの開き方がわからない人は、 Webmaster までメールいただくか、TanchazCafe に登録して、メーリングリストでお聞きください。

# by odoribe | 2001-01-06 00:00 | ひとりごと | Comments(0)
「風の盆」の魅力(引越し記事:1999/9/24)
数年前に、風の盆を見に行った。当時何を思ったのか覚えていないが、それまで、 2年連続で行っていたハンガリー行きをその年はあきらめ、 その年度の連続休暇を越中八尾町で過ごすことにした。

結果は、...大満足。

幸い、知人の紹介で、八尾の中で民宿することができた。 そのため、その家の"おわら"の様子を知り、その町(東町)の"おわら"の活動ぶりを、 ほとんどおっかけストーカー状態でつぶさに見ることができた。
中でも、強く印象に残ったのは、踊り手の強烈な踊りに対する欲求と、 若いというより "うぶ、無邪気、清純" な魅力を放つ踊りの美しさ、である。
おわらの踊り手は未婚者かつ26才未満に限られるため、女子中・高校生たちが中心となる。 その子たちの「まだまだ踊りたーい」という元気一杯な様子と、踊りに入ったときのしとやかで美しい手や体の運びに、 何とも言えぬ落差と安心感と共感と驚きを感じてしまったのだ。

特に、踊りで感銘したのは "手" だ。親指を中に入れ、 4指を伸ばして少しそらせ気味にする。動かすときも、ほとんどその手のスタイルを変えずに手を運ぶ。 そのナイーブで不器用とも見える踊りは、
どんなうまい小技を効かせた踊りも寄せ付けない美しさを放っていた。 そして、どこ町内の踊り手たちを見てもその手のスタイルだけは共通だった。

ところで、今年5月にティマールさんが来日した時、 我が家にお招きし、私がその時撮った風の盆のビデオを見せたことがある。
その時、「なぜ、笠をかぶって顔を隠すのか」と質問された。
私は「その方がきれいに見える」と言ったら、「顔を見せた方がいいじゃないか」と反論されてしまった。

余談だけど、先日、NHKで放映された「越中おわら風の盆」を見て、 茶髪のおにいちゃんが、気持ち良さそうに "おわら" を踊っているのを見て、 笑ってしまった。■
# by odoribe | 2001-01-05 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
「大勢集まって踊りを楽しみたい」(引越し記事:1999/9/24)
ハンガリーの踊りを踊っている人は、少ないと言えども実は結構な数はいますよね。サークル(クラブ)の数にしても、関東近辺だけでも片手以上はあるんじゃないでしょうか。まあ、サークル自体は、その成り立ちや嗜好等から、いろいろと分かれてしまうのは、 ある意味で仕方の無いことだと思いますが、
「大勢集まって踊りを楽しみたい」
というのは、多くのサークルやハンガリーの踊りの愛好者に共通する目的だと勝手に思っているわけです (勿論、私もそうです)。

ハンガリーの踊りの場合は、どんな演奏であろうと、 メゾセーグの曲をかければメゾセーグの踊りを踊れますし、それは他の地方の踊りでも同様ですよね。
異なった先生から習ったとしても、メゾセーグの踊りはメゾセーグの踊りであって、
メゾセーグ#1でもメゾセーグ#2でもないわけですから。したがって、全く知らない相手とでも、
容易に踊れ、かつ踊りを楽しむ事ができると信じています。
だからこそ、「大勢集まって踊りを楽しみたい」は容易に可能だと思っています。(勿論、同様な他の民族の踊り、他の分野の踊りもあるだろうと思います)

これは、国内だけでなく、アメリカでも本国ハンガリーでも同様です。
ニューヨークのタンツハーズにいきなり行っても、必ず、最後にメゾセーギ・タンツォークがかかり、
同じような演奏で、初めて会うアメリカ人女性と何の違和感も無く踊れる。 コミュニケーションの下手な日本人にとっては協力な武器ですよ、これは (勿論、そこから会話も始めないといけませんが)。
ニューヨーク駐在の頃、同僚の中で、知り合ったアメリカ人の数、友達になったアメリカ人の数を競えば、 おそらくトップだっただろうという自負はあります。まあ、特定の分野に傾いているということはありますが (^_^;)。

こんなそんなができるのも、本国ハンガリーでタンツハーズ運動が成功しているおかげだと思います*。
勿論、それもそれぞれの村での踊りがあったればこそですが、タンツハーズ運動なくしてこれほどの広がりがあったかどうかは疑問です。私の浅い理解で解釈すると、タンツハーズ運動によってスタンダードが確立され、それがグローバル化したからというところでしょうか。

まあ、それはそれとして、「大勢集まって踊りを楽しみたい」 をもっと大切にしていきたいですね。サークルやクラブはいくつあってもいいけど、タンツハーズでは一緒に楽しみたい。せっかく、そういうハンガリーの踊りを踊っているのだから。

漠然と...各クラブが集まる、まさしく「タンツハーズタラールコゾ」 みたいなものができればいいな、なんて思ってます。

そんなわけで、8月の土香のタンツハーズは、手放しで楽しかったし、来年1月の TÁTIKAのタンツハーズも楽しみだぞ。踊り部は....まあ、そのうち(^^ゞ。
引き続き、皆さんからの情報をお待ちしています。■

* ちなみに、 ここ(http://www.datanet.hu/tanchaz/thdhg.htm) を見ると A Táncház Egyesület elnöke (The president of the Dance-house Guild)は、 Timár Sándor氏となっています。
# by odoribe | 2001-01-04 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
Vajdaszentiványでのこと(引越し記事:1999/9/16)
VAJDASZENTIVÁNY(バイダセンティバーニ)村は、トランシルバニアにある小さな村です。そこの踊りは、日本でも紹介されました。私の、とても好きな踊りの一つでもあります。さて、6月にそこを訪ねた時のことです。

この村のホスピタリティー(おもてなし?)は、ほぼ完璧だった。すべてが十分に準備され、かつ、また彼ら自身も、踊りに興じているようだった。「とても、よかった、感動した」と、ほとんどの人は満足して帰ったと思う。ただ、ひとつ残念なことは、私自身は十分にその場を楽しめなかった事である。

Timár氏から、村長が「日本との親善を深めたい」と言っているので話をして欲しいと言われ、会場である公民館の裏庭に行く。そこには、蛍光色っぽい黄色の派手なシャツを着た村長以下数人がいて、とりあえずはパーリンカで乾杯。さーて、これから「親善」が始まるのか、と思いきや何か雰囲気が違う。要は、「この村にも、アメリカ人やらオーストラリア人やら、多くの人が踊りを見て、習いに来る。村としてもキャンプを自分で開いたりしているが、なかなか儲からない。何かいい知恵は無いか。」
というものだ。


あげくのはてに、
「日本の戦後の復興はすばらしい、それを学びたいんだ」
ときた。気持ちはわかるが苦笑いするしかなかった。

こっちは、その悩みは理解するが、とにかく話が長く要領を得ないのだ。おまけにその長い話をマジャール語と英語の通訳で2回聞かねばならない。そのうち、ホールでは音楽が再び流れ始め、楽しそうな歌と歓声が聞こえる。そして、だんだん、英語への通訳もなくなってゆき、村長さんと通訳役のアメリカ人が専ら会話しているだけになる。こちらは???の時間が流れる。
「この間にも、私の貴重な時間は削られているんだ。」

一応、質問に対して、こちらとしては、
1.トランシルバニアやこの村来てみたいという日本人はたくさんいる(誇張含む)
2.彼らをここに来させるのは、とにかく、交通手段の確保(主要都市との連絡など)が必須条件である
と思いつきで答えた。


とまあ、こんな事があったのですが、実際、フォークロアに関心を持つ裕福な外国人旅行者と、現地の金銭的に貧しい村人という状況は、簡単に割り切れない部分があります。それを解決する簡単なツールとして、外国人はお金を使い、そして現地の人もそれを意識し、今は、自ら求めるようになっている状況なのでしょう。それは、まさしく観光化であり、勿論、それは一つの止められない流れでしょう。

一方でこの場合は、観光化するほどの需要があるのかという疑問と、観光化することにより観光資源(踊りと音楽)が乏しくなるという懸念があり、あまり成功するとは思えません。私としては、踊りや音楽でお金を稼げるというのは勘違いである、と、はっきり答えるべきだったかもしれません。しかし、デジタルビデオやDATを抱え、撮りまくっている自分を考えると、とても言えませんでした。■


# by odoribe | 2001-01-03 00:00 | Comments(0)
   
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