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12月 23日(土)  14時30分-20時頃  見次公園集会所  クリスマス・タンツハーズ
        
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たかがFD?、されどFD? (引越し記事:2000/5/10)

「されどフォークダンス」を信じていた若輩者が、こんなことを考えた。

「たかが・・・、されど・・・」という言い方があるけれど、ここで、フォークダンスを当てはめれば、「たかがフォークダンス、しかし、されどフォークダンス」となる。フォークダンスの楽しさ、奥深さを知ってしまった人は、こう思う方も多いのではないだろうか。学生の時からずっと、GWはほぼ必ずフォークダンスに費やしていた私なんぞは、「されど」以外の何物でもないのかもしれない。しかし、実際には、「されどフォークダンス、しかし、たかがフォークダンス」だと思っているし、そうあるべきだと考えている。

私のこうした考え、感じ方は、おそらく故原田先生の影響が大きいと思う。
「仕事あっての趣味です」
「フォークダンスはとてもよい趣味です」
学生の頃は、当たり前だと受け流していたが、今思い出すと、この言葉に、救われ、かつ、とても勇気付けられるのである。

「フォークダンスは人生を豊かにしてくれるか?」・・・「Yes」
「フォークダンスは自己の可能性を広げてくれるか」・・「Yes」
では、「フォークダンスは、人生で最も大切なものか」・・・。
家族、勉強、仕事、友人・・フォークダンス以上、もしくは同等に大切な物は、いろいろあるはずである。その大切なものがあるからこその、フォークダンスである。そして、その順番や重みは、あくまで個人の領域であって、人によって様々である。当たり前の話である。

こんな至極当たり前の話であるが、それを理解することで、その人のフォークダンスからは、妙なこだわりが消えるようになる。そして、まわりが見えるようになる。さらには「とてもよい趣味」として、その人のフォークダンスは、育っていく。

再度繰り返すと・・「たかがフォークダンス」である。
そう考えられるからこそ、フォークダンスは、より揺ぎ無い、強いものとなっていくに違いない。


# by odoribe | 2001-01-10 00:00 | Comments(0)
ハンガリー・ジプシー公演(2) (引越し記事:2000/3/24)
3月19日のハンガリージプシー公演のCプロに行ってきました。この時は、本公演の前に、このサイトでも宣伝したレゲニェッシュ・フェスティバルがあり、それに参加もしたのですが、それはそれとして、以下は、Cプロの勝手な感想です。

実は、私は、以前Cプロを見たときの印象がとても悪く、今回も、あまり期待していませんでした。以前見たのは、「トランシルバニア舞踊団」のものです。Cプロとは、「Cプロはノンコレオグラフを含めた特別プログラム」(本公演のチラシ)ということで、バレエ的要素を持つ一般の民族舞踊団のコレオグラフを排除して、村の雰囲気そのままを観客に見せることを狙ったものです。

その考え方は、日本ではとても独創的で、当時、大いに期待していたんですが、結果は、退屈なものでした。村の雰囲気を確かに模してはいるのですが、何だか、だらだらと勝手に踊っているだけで、特に見せ場も無い。踊っている本人は楽しそうでしたが、「何でそんなもんお金払ってみせられなきゃ いけないの」という気分でした。舞台の上は、まさに狙いどおり村のタンツハーズ。お酒も飲んで何だか楽しそう。そして、我々観客は、全員壁の花、つまり、踊りたくても踊れなくてただ見ているだけ、という状態だったわけです。

Cプロをもう少し具体的に説明すると、例えば、8人程度の男性が舞台の中央で、輪になって踊る時、通常のコレオグラフであれば全員同じ動作をするわけですが、このCプロでは、各自好きな動作を即興で踊ります。本来、村では全員同時に同じ動作をすることは考えられませんからね。また、カップルで踊るときも同様で、各カップルは思いつくままにそれぞれ好きな動作を踊ります。そして、全体で見ると、それは決してバラバラな動きの集合体ではなく、却って、揃って踊るよりも、よりフォークダンスそのものが持つ本来の楽しさを感じさせることを狙ったものだと思います。

そして、今回の結果は、その狙いを見事に射止めたとてもすばらしい舞台でした。私がかつて見た頃から相当年もたっていますが、しっかり修正されてました。A、Bプロよりも、かなり見ごたえのある舞台だったと思います。

特に、セーケーの舞台は圧巻でした。バイタセンティバーニが混じったのは、まあ、ご愛嬌ということでしょう。ハンガリー人が村の公会堂で踊って楽しんでいる最中に、ジプシーが乱入して踊りだします。その踊りの見事なこと。最初は、白い目で眺めていたハンガリー人たちも、その踊りの見事さに乗せられ、ジプシーの踊りを踊り始めます。そして、そのジプシーのダンサーにせかされて、バンドの一人(サースチャーバスのおじさん)も踊りだした辺りには、舞台は、観客と一体となって最高潮に達しました。サースチャーバスのおじさんの踊りが、最高、別格なのは言うまでもないことですが、即興ともコレオグラフともつかないごとくサースチャーバスに踊りを促したジプシーの踊りを踊ったダンサーの個人技が見事でした。観客のその時の期待と舞台がリンクした瞬間だったと思います。そして、まわりのダンサー達も、すばらしい雰囲気を作っていました。

村の雰囲気を表現することは、決して村の雰囲気そのままを持ち込むことではないわけです。その踊りが好きな人であれば、実際に村に行って、すばらしい村の雰囲気を感じることはできるでしょうが、それと同じ光景を舞台の下から眺めても、おそらく、ほとんど退屈なものに感じるでしょう。 しかし、舞台は、あくまでエンターテイメントであるべきです。私が最初に見たCプロとの決定的な違いは、おそらくその認識の有無にあったのではないでしょうか。一連の流れの中で、ダンサー達がどのモチーフを出して踊るかは、即興だったと思いますが、全体のあらすじは、しっかり書いてあったはずです。村の雰囲気を出すというしっかりしたコレオグラフがあってこその即興なわけです。その意味で、特にセーケーの部については、とても良いコレオグラフが書けていました。こうした手法は、ティマールさんのコレオグラフの初期の頃に、よく見られたものですが、今回のCプロは、それをより徹底させたものでした。

そういう意味で、逆に言うと、A・BプロとCプロの違いが幾分か不明瞭になってしまった点も指摘せざるを得ません。今回のAプロ、Bプロとも、もともと即興的要素の強いプログラムが多かったからです。まあ、私は満足なんですが、一般の人にはA・BとCの違いは、よくわからなかったんじゃないでしょうか。加えて、AプロとBプロ違いがあまり無かったことも不満な部分ではありました。

いずれにしても、本公演、特にCプロは大正解でした。アンドドロムも大興奮でした。タバツク、タバツク、ウーッ、ズーッ タバツク、タバツク・・・・と耳について、離れません。前の日の大宮公演 で、だみ声になっていた、アンドドロムの「なぎら健一」のおじさんの、声も戻り、右から2番目の「スーパーウーハー」の時折聞こえる、唸り声も魅力でした。サースチャーバスの音楽と踊りは、♪タン タタン♪と目と耳に焼き付いています。ジプシーを踊ったダンサー2名も良かった。次回も期待!ですね。

〔今日の余計な一言〕

「こういうコレオグラフができるんだったらブダペスト舞踊団でも、そうすりゃいいのに、ジュラルフスキーさん」
# by odoribe | 2001-01-09 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
ハンガリー・ジプシー公演(1) (引越し記事:2000/3/9)

ハンガリアン・ジプシー公演がいよいよ始まりましたね。私も、2月13日の江戸川総合区民センター(Aプログラム)での公演に行ってきました。

私の勝手なお勧めのベスト3は、
・アンドドロムの演奏と唄
・マロッシュ舞踊団の人が踊った2カップルのロマの踊り
・SZASCSAVASの演奏とその演奏家の踊り

これだけでも、行く価値は十分にあったと思いました。 アンドドロムの演奏した類の音楽と唄は、初めて生で聞きましたが、 すばらしいですね。あの貫禄のあるおねえさんの声は、「ずっと、 その声で全身を刺激していて欲しい」という感じ。

2カップルのロマの踊りも最高。あんな踊りができたら、もう、踊りは やめてもいいです。 SZASCSAVASの演奏と踊りは、もう何も言うことありません。そのまんま です。SZASCSAVASの演奏と踊りでした。

というわけで、色んな見方があると思いますが、皆さんのお勧めベスト3は?■



# by odoribe | 2001-01-08 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
踊る場の方向性 (引越し記事:2000/1/14)
年末年始のタンツハーズシーズンが終わって、一つ思ったことがあります。
踊り部のタンツハーズでも、何とか自然にできないかなぁと思いつつ、少し工夫はしたつもりだけれど、結局はうまくはいきませんでした。

日本では、踊り手は、どうしてもその会場の中できれいに分散して踊りがちですよね。自分たちと回りとの前後左右の距離を均等に保ちながら、ぶつからないように踊ってしまうのが常です。その結果、その踊りの場全体としては、どちらが前でもなく後ろでもない状況、つまりその踊る場は、方向性や密度の変化がない、均質な場になっています。別の見方をすると、全ての人に平等な場を、全員で作っています。

一方で、現地の村にいくまでもなく、ブダペストのタンツハーズでも、踊りによっては、その踊る場に、はっきりとした前と後ろの方向性があります。そして、多くの人は前に集まりたがるので、前はぎゅうぎゅう詰めとなり、後ろは閑散としているという密度の変化が見られます。踊り手はどこに位置するかによって、踊り方や立場が変わる、もしくは変えるわけです。

もちろん、ここで日本の場のでき方が間違っていると言うつもりは全くありません。ただ、踊る場に前と後ろという方向性ができることによって、より躍動感のある(ダイナミックな)タンツハーズを楽しめる可能性があるのを放ってて置く手もないと思うのです。

とりあえず、この違いはどこから来るのかと言えば、誰でも思いつく通り、演奏家がそこにいるかいないかでしょう。演奏家に近いところが前、離れたところが後ろなわけです。多くの人は、演奏家のいい音を聞きたい、見たい、コンタクトしたいという気持ちで、前に集まるのだと思います。そして、残念ながら日本のタンツハーズでは、一般には演奏家はいません。踊り手が前に集まる動機付けがありません。あきらめるしかないのかなぁ。

とあきらめる前に、ダイナミックなタンツハーズの魅力をもう一度考えてみると、それは、タンツハーズの楽しみの世界が、個々のカップルという小さな世界から、その踊る場全体に広がるということでしょうか。例えば、メゾシェーギ・タンツォークで、速いテンポになってきた時に、踊り手が自然と前に集まり、それぞれのカップルが交替で得意技を披露しあう、というのは踊り手同士、踊り手と演奏家との掛け合いを含めて、結構エキサイティングな状況です(こういう踊り方が現地の村で行われているかどうかは知りません)。それに比べて、現在のような等質な踊る場は、まるで、練習、もしくは踊り込みを延々としているようでもあります。カロタセーギ・レゲーニェッシュがかかっても、踊り手の位置と向く方向は、人によって異なるし、同じ人でも変わっていくのをよく見ます。

そうした状況は、兎にも角にも演奏家がいないとできない、でしょうか。また、故意に方向を決めて(演奏家もいないのに)前に集まったら、不自然でおかしいでしょうか。私は、必ずしもそうは思いません。踊り手がそういう踊り方を知らない、知っていても仕掛けない、という意識の問題が大きいと思います。逆に、演奏家がいるタンツハーズでも、誰かが率先してリードしない限り、踊り方はかわらないでしょう。踊りそのものも、また、踊り方も、私は意識的に模倣することが大切だと思っています。

まあ、試しに、だまされたと思って、やってみませんか。特に、そういうタンツハーズを体験している人、次のタンツハーズでは、仕掛けてみませんか。■


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# by odoribe | 2001-01-07 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
"TANC MÛVÉSZET MAGAZIN" (引越し記事:1999/10/15)
以前、ここで、FolkMAGazinという、ハンガリーのフォークダンス関係の雑誌のHPを紹介した事がありましたが、もう一つの有力誌である"Tanc Művészet Magazin (舞踊芸術マガジン) "という雑誌のHPを紹介します。

ここは、以前はしょうもないコンテンツだったんですが(あくまでWebコンテンツのことです←後注釈)、最近、FolkMAGazinと同様に過去の内容をPDF形式で提供するようになりました。で、直近の1999.3号を見ると、表紙が CSILLAGSZEMŰ になってまして、真ん中のページに見開き2ページで TIMÁR KAMARA と CSILLAGSZEMŰ の記事が載っています。

この"TANC・・"という雑誌は、フォークダンスよりも、バレエの方がむしろ主力の雑誌ですが、その雑誌の表紙に選ばれるのは名誉なことらしいです。記事自体は、マジャール語なので、チンプンカンプンですが、写真も多いので見る価値はあると思います。また、別ページに英語の記事抜粋があります。■

※ Tanc Muveszet Magazin
<http://www.magyar.org/tancmuveszet/index.html>
リンクをたどるのは実は単純ではなーい。ここから、右側の "XXVII. 1996. 6. issue" をクリックし、さらに、"1999. 3. szám" をクリックする。すると、その号のインデックスのページとなる。そして、それぞれのインデックスをクリックすると、PDFファイル(Acrobat Reader のファイル)がダウンロードされる。

※ちなみに、TIMÁR KAMARAは、TIMÁR氏が指導する少人数の舞踊団、CSILLAGSZEMŰは、TIMAR氏の奥さんであるBÖSKEさんが指導する子供の大舞踊団です。2人とも、日本には15回?以上来日して講習しています。

PDFファイルの開き方がわからない人は、 Webmaster までメールいただくか、TanchazCafe に登録して、メーリングリストでお聞きください。

# by odoribe | 2001-01-06 00:00 | ひとりごと | Comments(0)
   
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