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たかがFD?、されどFD? (引越し記事:2000/5/10)

「されどフォークダンス」を信じていた若輩者が、こんなことを考えた。

「たかが・・・、されど・・・」という言い方があるけれど、ここで、フォークダンスを当てはめれば、「たかがフォークダンス、しかし、されどフォークダンス」となる。フォークダンスの楽しさ、奥深さを知ってしまった人は、こう思う方も多いのではないだろうか。学生の時からずっと、GWはほぼ必ずフォークダンスに費やしていた私なんぞは、「されど」以外の何物でもないのかもしれない。しかし、実際には、「されどフォークダンス、しかし、たかがフォークダンス」だと思っているし、そうあるべきだと考えている。

私のこうした考え、感じ方は、おそらく故原田先生の影響が大きいと思う。
「仕事あっての趣味です」
「フォークダンスはとてもよい趣味です」
学生の頃は、当たり前だと受け流していたが、今思い出すと、この言葉に、救われ、かつ、とても勇気付けられるのである。

「フォークダンスは人生を豊かにしてくれるか?」・・・「Yes」
「フォークダンスは自己の可能性を広げてくれるか」・・「Yes」
では、「フォークダンスは、人生で最も大切なものか」・・・。
家族、勉強、仕事、友人・・フォークダンス以上、もしくは同等に大切な物は、いろいろあるはずである。その大切なものがあるからこその、フォークダンスである。そして、その順番や重みは、あくまで個人の領域であって、人によって様々である。当たり前の話である。

こんな至極当たり前の話であるが、それを理解することで、その人のフォークダンスからは、妙なこだわりが消えるようになる。そして、まわりが見えるようになる。さらには「とてもよい趣味」として、その人のフォークダンスは、育っていく。

再度繰り返すと・・「たかがフォークダンス」である。
そう考えられるからこそ、フォークダンスは、より揺ぎ無い、強いものとなっていくに違いない。


by odoribe | 2001-01-10 00:00 | Comments(0)
ハンガリー・ジプシー公演(2) (引越し記事:2000/3/24)
3月19日のハンガリージプシー公演のCプロに行ってきました。この時は、本公演の前に、このサイトでも宣伝したレゲニェッシュ・フェスティバルがあり、それに参加もしたのですが、それはそれとして、以下は、Cプロの勝手な感想です。

実は、私は、以前Cプロを見たときの印象がとても悪く、今回も、あまり期待していませんでした。以前見たのは、「トランシルバニア舞踊団」のものです。Cプロとは、「Cプロはノンコレオグラフを含めた特別プログラム」(本公演のチラシ)ということで、バレエ的要素を持つ一般の民族舞踊団のコレオグラフを排除して、村の雰囲気そのままを観客に見せることを狙ったものです。

その考え方は、日本ではとても独創的で、当時、大いに期待していたんですが、結果は、退屈なものでした。村の雰囲気を確かに模してはいるのですが、何だか、だらだらと勝手に踊っているだけで、特に見せ場も無い。踊っている本人は楽しそうでしたが、「何でそんなもんお金払ってみせられなきゃ いけないの」という気分でした。舞台の上は、まさに狙いどおり村のタンツハーズ。お酒も飲んで何だか楽しそう。そして、我々観客は、全員壁の花、つまり、踊りたくても踊れなくてただ見ているだけ、という状態だったわけです。

Cプロをもう少し具体的に説明すると、例えば、8人程度の男性が舞台の中央で、輪になって踊る時、通常のコレオグラフであれば全員同じ動作をするわけですが、このCプロでは、各自好きな動作を即興で踊ります。本来、村では全員同時に同じ動作をすることは考えられませんからね。また、カップルで踊るときも同様で、各カップルは思いつくままにそれぞれ好きな動作を踊ります。そして、全体で見ると、それは決してバラバラな動きの集合体ではなく、却って、揃って踊るよりも、よりフォークダンスそのものが持つ本来の楽しさを感じさせることを狙ったものだと思います。

そして、今回の結果は、その狙いを見事に射止めたとてもすばらしい舞台でした。私がかつて見た頃から相当年もたっていますが、しっかり修正されてました。A、Bプロよりも、かなり見ごたえのある舞台だったと思います。

特に、セーケーの舞台は圧巻でした。バイタセンティバーニが混じったのは、まあ、ご愛嬌ということでしょう。ハンガリー人が村の公会堂で踊って楽しんでいる最中に、ジプシーが乱入して踊りだします。その踊りの見事なこと。最初は、白い目で眺めていたハンガリー人たちも、その踊りの見事さに乗せられ、ジプシーの踊りを踊り始めます。そして、そのジプシーのダンサーにせかされて、バンドの一人(サースチャーバスのおじさん)も踊りだした辺りには、舞台は、観客と一体となって最高潮に達しました。サースチャーバスのおじさんの踊りが、最高、別格なのは言うまでもないことですが、即興ともコレオグラフともつかないごとくサースチャーバスに踊りを促したジプシーの踊りを踊ったダンサーの個人技が見事でした。観客のその時の期待と舞台がリンクした瞬間だったと思います。そして、まわりのダンサー達も、すばらしい雰囲気を作っていました。

村の雰囲気を表現することは、決して村の雰囲気そのままを持ち込むことではないわけです。その踊りが好きな人であれば、実際に村に行って、すばらしい村の雰囲気を感じることはできるでしょうが、それと同じ光景を舞台の下から眺めても、おそらく、ほとんど退屈なものに感じるでしょう。 しかし、舞台は、あくまでエンターテイメントであるべきです。私が最初に見たCプロとの決定的な違いは、おそらくその認識の有無にあったのではないでしょうか。一連の流れの中で、ダンサー達がどのモチーフを出して踊るかは、即興だったと思いますが、全体のあらすじは、しっかり書いてあったはずです。村の雰囲気を出すというしっかりしたコレオグラフがあってこその即興なわけです。その意味で、特にセーケーの部については、とても良いコレオグラフが書けていました。こうした手法は、ティマールさんのコレオグラフの初期の頃に、よく見られたものですが、今回のCプロは、それをより徹底させたものでした。

そういう意味で、逆に言うと、A・BプロとCプロの違いが幾分か不明瞭になってしまった点も指摘せざるを得ません。今回のAプロ、Bプロとも、もともと即興的要素の強いプログラムが多かったからです。まあ、私は満足なんですが、一般の人にはA・BとCの違いは、よくわからなかったんじゃないでしょうか。加えて、AプロとBプロ違いがあまり無かったことも不満な部分ではありました。

いずれにしても、本公演、特にCプロは大正解でした。アンドドロムも大興奮でした。タバツク、タバツク、ウーッ、ズーッ タバツク、タバツク・・・・と耳について、離れません。前の日の大宮公演 で、だみ声になっていた、アンドドロムの「なぎら健一」のおじさんの、声も戻り、右から2番目の「スーパーウーハー」の時折聞こえる、唸り声も魅力でした。サースチャーバスの音楽と踊りは、♪タン タタン♪と目と耳に焼き付いています。ジプシーを踊ったダンサー2名も良かった。次回も期待!ですね。

〔今日の余計な一言〕

「こういうコレオグラフができるんだったらブダペスト舞踊団でも、そうすりゃいいのに、ジュラルフスキーさん」
by odoribe | 2001-01-09 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
ハンガリー・ジプシー公演(1) (引越し記事:2000/3/9)

ハンガリアン・ジプシー公演がいよいよ始まりましたね。私も、2月13日の江戸川総合区民センター(Aプログラム)での公演に行ってきました。

私の勝手なお勧めのベスト3は、
・アンドドロムの演奏と唄
・マロッシュ舞踊団の人が踊った2カップルのロマの踊り
・SZASCSAVASの演奏とその演奏家の踊り

これだけでも、行く価値は十分にあったと思いました。 アンドドロムの演奏した類の音楽と唄は、初めて生で聞きましたが、 すばらしいですね。あの貫禄のあるおねえさんの声は、「ずっと、 その声で全身を刺激していて欲しい」という感じ。

2カップルのロマの踊りも最高。あんな踊りができたら、もう、踊りは やめてもいいです。 SZASCSAVASの演奏と踊りは、もう何も言うことありません。そのまんま です。SZASCSAVASの演奏と踊りでした。

というわけで、色んな見方があると思いますが、皆さんのお勧めベスト3は?■



by odoribe | 2001-01-08 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
踊る場の方向性 (引越し記事:2000/1/14)
年末年始のタンツハーズシーズンが終わって、一つ思ったことがあります。
踊り部のタンツハーズでも、何とか自然にできないかなぁと思いつつ、少し工夫はしたつもりだけれど、結局はうまくはいきませんでした。

日本では、踊り手は、どうしてもその会場の中できれいに分散して踊りがちですよね。自分たちと回りとの前後左右の距離を均等に保ちながら、ぶつからないように踊ってしまうのが常です。その結果、その踊りの場全体としては、どちらが前でもなく後ろでもない状況、つまりその踊る場は、方向性や密度の変化がない、均質な場になっています。別の見方をすると、全ての人に平等な場を、全員で作っています。

一方で、現地の村にいくまでもなく、ブダペストのタンツハーズでも、踊りによっては、その踊る場に、はっきりとした前と後ろの方向性があります。そして、多くの人は前に集まりたがるので、前はぎゅうぎゅう詰めとなり、後ろは閑散としているという密度の変化が見られます。踊り手はどこに位置するかによって、踊り方や立場が変わる、もしくは変えるわけです。

もちろん、ここで日本の場のでき方が間違っていると言うつもりは全くありません。ただ、踊る場に前と後ろという方向性ができることによって、より躍動感のある(ダイナミックな)タンツハーズを楽しめる可能性があるのを放ってて置く手もないと思うのです。

とりあえず、この違いはどこから来るのかと言えば、誰でも思いつく通り、演奏家がそこにいるかいないかでしょう。演奏家に近いところが前、離れたところが後ろなわけです。多くの人は、演奏家のいい音を聞きたい、見たい、コンタクトしたいという気持ちで、前に集まるのだと思います。そして、残念ながら日本のタンツハーズでは、一般には演奏家はいません。踊り手が前に集まる動機付けがありません。あきらめるしかないのかなぁ。

とあきらめる前に、ダイナミックなタンツハーズの魅力をもう一度考えてみると、それは、タンツハーズの楽しみの世界が、個々のカップルという小さな世界から、その踊る場全体に広がるということでしょうか。例えば、メゾシェーギ・タンツォークで、速いテンポになってきた時に、踊り手が自然と前に集まり、それぞれのカップルが交替で得意技を披露しあう、というのは踊り手同士、踊り手と演奏家との掛け合いを含めて、結構エキサイティングな状況です(こういう踊り方が現地の村で行われているかどうかは知りません)。それに比べて、現在のような等質な踊る場は、まるで、練習、もしくは踊り込みを延々としているようでもあります。カロタセーギ・レゲーニェッシュがかかっても、踊り手の位置と向く方向は、人によって異なるし、同じ人でも変わっていくのをよく見ます。

そうした状況は、兎にも角にも演奏家がいないとできない、でしょうか。また、故意に方向を決めて(演奏家もいないのに)前に集まったら、不自然でおかしいでしょうか。私は、必ずしもそうは思いません。踊り手がそういう踊り方を知らない、知っていても仕掛けない、という意識の問題が大きいと思います。逆に、演奏家がいるタンツハーズでも、誰かが率先してリードしない限り、踊り方はかわらないでしょう。踊りそのものも、また、踊り方も、私は意識的に模倣することが大切だと思っています。

まあ、試しに、だまされたと思って、やってみませんか。特に、そういうタンツハーズを体験している人、次のタンツハーズでは、仕掛けてみませんか。■


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by odoribe | 2001-01-07 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
"TANC MÛVÉSZET MAGAZIN" (引越し記事:1999/10/15)
以前、ここで、FolkMAGazinという、ハンガリーのフォークダンス関係の雑誌のHPを紹介した事がありましたが、もう一つの有力誌である"Tanc Művészet Magazin (舞踊芸術マガジン) "という雑誌のHPを紹介します。

ここは、以前はしょうもないコンテンツだったんですが(あくまでWebコンテンツのことです←後注釈)、最近、FolkMAGazinと同様に過去の内容をPDF形式で提供するようになりました。で、直近の1999.3号を見ると、表紙が CSILLAGSZEMŰ になってまして、真ん中のページに見開き2ページで TIMÁR KAMARA と CSILLAGSZEMŰ の記事が載っています。

この"TANC・・"という雑誌は、フォークダンスよりも、バレエの方がむしろ主力の雑誌ですが、その雑誌の表紙に選ばれるのは名誉なことらしいです。記事自体は、マジャール語なので、チンプンカンプンですが、写真も多いので見る価値はあると思います。また、別ページに英語の記事抜粋があります。■

※ Tanc Muveszet Magazin
<http://www.magyar.org/tancmuveszet/index.html>
リンクをたどるのは実は単純ではなーい。ここから、右側の "XXVII. 1996. 6. issue" をクリックし、さらに、"1999. 3. szám" をクリックする。すると、その号のインデックスのページとなる。そして、それぞれのインデックスをクリックすると、PDFファイル(Acrobat Reader のファイル)がダウンロードされる。

※ちなみに、TIMÁR KAMARAは、TIMÁR氏が指導する少人数の舞踊団、CSILLAGSZEMŰは、TIMAR氏の奥さんであるBÖSKEさんが指導する子供の大舞踊団です。2人とも、日本には15回?以上来日して講習しています。

PDFファイルの開き方がわからない人は、 Webmaster までメールいただくか、TanchazCafe に登録して、メーリングリストでお聞きください。

by odoribe | 2001-01-06 00:00 | ひとりごと | Comments(0)
「風の盆」の魅力(引越し記事:1999/9/24)
数年前に、風の盆を見に行った。当時何を思ったのか覚えていないが、それまで、 2年連続で行っていたハンガリー行きをその年はあきらめ、 その年度の連続休暇を越中八尾町で過ごすことにした。

結果は、...大満足。

幸い、知人の紹介で、八尾の中で民宿することができた。 そのため、その家の"おわら"の様子を知り、その町(東町)の"おわら"の活動ぶりを、 ほとんどおっかけストーカー状態でつぶさに見ることができた。
中でも、強く印象に残ったのは、踊り手の強烈な踊りに対する欲求と、 若いというより "うぶ、無邪気、清純" な魅力を放つ踊りの美しさ、である。
おわらの踊り手は未婚者かつ26才未満に限られるため、女子中・高校生たちが中心となる。 その子たちの「まだまだ踊りたーい」という元気一杯な様子と、踊りに入ったときのしとやかで美しい手や体の運びに、 何とも言えぬ落差と安心感と共感と驚きを感じてしまったのだ。

特に、踊りで感銘したのは "手" だ。親指を中に入れ、 4指を伸ばして少しそらせ気味にする。動かすときも、ほとんどその手のスタイルを変えずに手を運ぶ。 そのナイーブで不器用とも見える踊りは、
どんなうまい小技を効かせた踊りも寄せ付けない美しさを放っていた。 そして、どこ町内の踊り手たちを見てもその手のスタイルだけは共通だった。

ところで、今年5月にティマールさんが来日した時、 我が家にお招きし、私がその時撮った風の盆のビデオを見せたことがある。
その時、「なぜ、笠をかぶって顔を隠すのか」と質問された。
私は「その方がきれいに見える」と言ったら、「顔を見せた方がいいじゃないか」と反論されてしまった。

余談だけど、先日、NHKで放映された「越中おわら風の盆」を見て、 茶髪のおにいちゃんが、気持ち良さそうに "おわら" を踊っているのを見て、 笑ってしまった。■
by odoribe | 2001-01-05 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
「大勢集まって踊りを楽しみたい」(引越し記事:1999/9/24)
ハンガリーの踊りを踊っている人は、少ないと言えども実は結構な数はいますよね。サークル(クラブ)の数にしても、関東近辺だけでも片手以上はあるんじゃないでしょうか。まあ、サークル自体は、その成り立ちや嗜好等から、いろいろと分かれてしまうのは、 ある意味で仕方の無いことだと思いますが、
「大勢集まって踊りを楽しみたい」
というのは、多くのサークルやハンガリーの踊りの愛好者に共通する目的だと勝手に思っているわけです (勿論、私もそうです)。

ハンガリーの踊りの場合は、どんな演奏であろうと、 メゾセーグの曲をかければメゾセーグの踊りを踊れますし、それは他の地方の踊りでも同様ですよね。
異なった先生から習ったとしても、メゾセーグの踊りはメゾセーグの踊りであって、
メゾセーグ#1でもメゾセーグ#2でもないわけですから。したがって、全く知らない相手とでも、
容易に踊れ、かつ踊りを楽しむ事ができると信じています。
だからこそ、「大勢集まって踊りを楽しみたい」は容易に可能だと思っています。(勿論、同様な他の民族の踊り、他の分野の踊りもあるだろうと思います)

これは、国内だけでなく、アメリカでも本国ハンガリーでも同様です。
ニューヨークのタンツハーズにいきなり行っても、必ず、最後にメゾセーギ・タンツォークがかかり、
同じような演奏で、初めて会うアメリカ人女性と何の違和感も無く踊れる。 コミュニケーションの下手な日本人にとっては協力な武器ですよ、これは (勿論、そこから会話も始めないといけませんが)。
ニューヨーク駐在の頃、同僚の中で、知り合ったアメリカ人の数、友達になったアメリカ人の数を競えば、 おそらくトップだっただろうという自負はあります。まあ、特定の分野に傾いているということはありますが (^_^;)。

こんなそんなができるのも、本国ハンガリーでタンツハーズ運動が成功しているおかげだと思います*。
勿論、それもそれぞれの村での踊りがあったればこそですが、タンツハーズ運動なくしてこれほどの広がりがあったかどうかは疑問です。私の浅い理解で解釈すると、タンツハーズ運動によってスタンダードが確立され、それがグローバル化したからというところでしょうか。

まあ、それはそれとして、「大勢集まって踊りを楽しみたい」 をもっと大切にしていきたいですね。サークルやクラブはいくつあってもいいけど、タンツハーズでは一緒に楽しみたい。せっかく、そういうハンガリーの踊りを踊っているのだから。

漠然と...各クラブが集まる、まさしく「タンツハーズタラールコゾ」 みたいなものができればいいな、なんて思ってます。

そんなわけで、8月の土香のタンツハーズは、手放しで楽しかったし、来年1月の TÁTIKAのタンツハーズも楽しみだぞ。踊り部は....まあ、そのうち(^^ゞ。
引き続き、皆さんからの情報をお待ちしています。■

* ちなみに、 ここ(http://www.datanet.hu/tanchaz/thdhg.htm) を見ると A Táncház Egyesület elnöke (The president of the Dance-house Guild)は、 Timár Sándor氏となっています。
by odoribe | 2001-01-04 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
Vajdaszentiványでのこと(引越し記事:1999/9/16)
VAJDASZENTIVÁNY(バイダセンティバーニ)村は、トランシルバニアにある小さな村です。そこの踊りは、日本でも紹介されました。私の、とても好きな踊りの一つでもあります。さて、6月にそこを訪ねた時のことです。

この村のホスピタリティー(おもてなし?)は、ほぼ完璧だった。すべてが十分に準備され、かつ、また彼ら自身も、踊りに興じているようだった。「とても、よかった、感動した」と、ほとんどの人は満足して帰ったと思う。ただ、ひとつ残念なことは、私自身は十分にその場を楽しめなかった事である。

Timár氏から、村長が「日本との親善を深めたい」と言っているので話をして欲しいと言われ、会場である公民館の裏庭に行く。そこには、蛍光色っぽい黄色の派手なシャツを着た村長以下数人がいて、とりあえずはパーリンカで乾杯。さーて、これから「親善」が始まるのか、と思いきや何か雰囲気が違う。要は、「この村にも、アメリカ人やらオーストラリア人やら、多くの人が踊りを見て、習いに来る。村としてもキャンプを自分で開いたりしているが、なかなか儲からない。何かいい知恵は無いか。」
というものだ。


あげくのはてに、
「日本の戦後の復興はすばらしい、それを学びたいんだ」
ときた。気持ちはわかるが苦笑いするしかなかった。

こっちは、その悩みは理解するが、とにかく話が長く要領を得ないのだ。おまけにその長い話をマジャール語と英語の通訳で2回聞かねばならない。そのうち、ホールでは音楽が再び流れ始め、楽しそうな歌と歓声が聞こえる。そして、だんだん、英語への通訳もなくなってゆき、村長さんと通訳役のアメリカ人が専ら会話しているだけになる。こちらは???の時間が流れる。
「この間にも、私の貴重な時間は削られているんだ。」

一応、質問に対して、こちらとしては、
1.トランシルバニアやこの村来てみたいという日本人はたくさんいる(誇張含む)
2.彼らをここに来させるのは、とにかく、交通手段の確保(主要都市との連絡など)が必須条件である
と思いつきで答えた。


とまあ、こんな事があったのですが、実際、フォークロアに関心を持つ裕福な外国人旅行者と、現地の金銭的に貧しい村人という状況は、簡単に割り切れない部分があります。それを解決する簡単なツールとして、外国人はお金を使い、そして現地の人もそれを意識し、今は、自ら求めるようになっている状況なのでしょう。それは、まさしく観光化であり、勿論、それは一つの止められない流れでしょう。

一方でこの場合は、観光化するほどの需要があるのかという疑問と、観光化することにより観光資源(踊りと音楽)が乏しくなるという懸念があり、あまり成功するとは思えません。私としては、踊りや音楽でお金を稼げるというのは勘違いである、と、はっきり答えるべきだったかもしれません。しかし、デジタルビデオやDATを抱え、撮りまくっている自分を考えると、とても言えませんでした。■


by odoribe | 2001-01-03 00:00 | Comments(0)
"Share"するということ(引越し記事:1999/9/1)

どの言語にも、それぞれ独特な言い回しがあって、それを正確に他の言語に翻訳できないことは多い。だいたいこんな意味だけれどもちょっと違う、または、同じ意味の言葉が2つも3つもある、というのが普通だ。結局は、言葉というものが、それぞれの文化に結びついているものだからで、意味の枠組みが文化によって異なるからである。

なーんて、前置きが長くなったけど、別にここで比較文化論とか言語学を論じようとするわけではなくて、そのほんの1例を紹介しようと思っているのだ。
英語の"share"である。日本語では、普通「分ける」と訳される。

"We did go to Erdely and we had a great time, saw and learned a lot. In a few weeks we will construct a home page and we hope to share our experiences with all of you." ( FolklorList* 99/8/17 by Kalman Magyar)

簡単に訳すと、「ちゃんとトランシルバニアに行ってきたよ。とっても楽しかったし、いっぱい見て帰ってきたから、そのうちホームページに載せるから見に来てね。」てな感じでしょうかね。

ここで、私だったら、ぜーったいに、"...we hope to give our experiences..." とか "...to show..." とかやってしまうに違いない。なんか押しつげがましいなと感じつつも。しかし、この方の場合は、「与える」でも「見せる」でもなく「皆さんと私たちの体験を分かち合いましょう」と言っているのである。

"share"とは、そもそも「分け前」。会社の価値を分けたものを"share"と言うが、日本語ではこれは「株」と言う。さて、英和辞典で"share"の動詞の意味を見ると、「分け合う」と「共有する」という言葉が出てくる。「おいおい、一体どっちなんだ」と言いたくなるよね。「分け合う」というのは分けることだし、「共有する」のは分けないことなんだけどね、普通は。まったく"share"という奴はわかりにくい。

もう一つの例で私の体験談を一つ。
アメリカにいた時、ある会議の会場で、私は見知らぬアメリカ人と椅子を一つはさんで座った。そのはさまれた椅子には、彼のかばんが置いてあった。私も、荷物が多くて、何とかその荷物を椅子に置きたいと思っていた。そこで、そのアメリカ人に聞いた。
「この椅子の半分使っていいですか(駄英語で)」。彼は、少し戸惑って(多分私の英語に)、"Sure. We can share it." と笑顔で答えたのである。なんてかっこいい答えだろう。それに比べてこっちの聞き方は...と感心すると同時に赤面したのを覚えている。

ある物を複数で使う場合、どうしても日本人は、「分けて」しまう。ここからそっちはあんたで、こっち側は私が使う場所、という風に。つまり、日本語で「分け合う」というのは、正確に言うと「分けて、独占する」という意味なわけです。したがって、ちょっとでもその境界線を相手が越えようものなら、「何て、非常識な奴なんだ」と影で非難してしまうんだ。
しかし、アメリカ人はその状況では、「分ける」のではなく"share"する。つまり、2つに分けず、一緒に共有して使うのである。そりゃそうだよね。だって、その時間、かばんが置ければそれで良いのだから。境界線など引く必要はどこにも無い。

したがって、同じ「分ける」でも、日本語では「分けて、独占する」のに対し、英語では、「分けて、共有する」ことになる。この差は、結構でかい。日本人が、英和辞書の"share"を引いて面食らうように、アメリカ人も「分ける」を辞書で引いたら、「分ける」、「独占する」という言葉が出てきてびっくりするかもしれない。「一体どっちなんだ」と。

どうだろう、「シェア」の考え方。私は、とても気に入ってしまった。
我々も、もっとシェアできるものがあるかもしれないね。これ、踊り部の精神でもありたいと思っています。■

"Sure. We'll be happy to share something with all of us."

(実は次回に続いたりする)

* これは、アメリカのハンガリーのフォークダンス関係のメーリングリストで、Kalman Magyar おじさんが発言したコメントの一部である。このおじさんは、アメリカの東部のハンガリーダンス関係の親分みたいな人だけど、その人が、今年、トランシルバニアツアーを企画・実行した。


by odoribe | 2001-01-02 00:00 | Comments(0)
雑言3題(引越し記事:1999/8/18)
Unicum (Aug.18 1999)

Unicum(ウニクム)が超売れているらしい。というのも、 一部の女性の間で美の教祖様とされているらしい「叶姉妹」がご愛用されているからだそうだ。 何しろ、雑誌にそのことが掲載された途端、一瞬にして800本も売れということだからすごい。 もっと、驚いたのは「日本ウニクム販売」という会社の存在である。 そうかぁ、ウニクムで商売になるのかぁ。「そんなことだったら、買い込んでくれば良かった」 と思っている人も多いんでは?
ちなみに、Unicumとは、ハンガリーの養命酒みたいなものだけど、養命酒より、はるかに渋い味。 アメリカのハンガリー人は、お酒をたっぷり飲んだ翌朝に、「これがいいんだ」と言って、 みんなで回し飲みしていた。私も、真似してみたけど、確かに二日酔い気味には良いかもしれない。■

ZWACK UNICUM の Official Page

Utolsó Óra (Aug.12 1999)

ハンガリーダンスCDジャンキーには必聴の、 あの"Utolsó Óra program"に4作目が出たようだ。 6月に行った時はまだ店では見かけなかったから、出たばっかりなんだろう。 注目の4作目はGymes。これまで、Kalotaszegi、MezŐségi2作と続いてきて、 いいものを聞かせてくれていただけに今回も期待させる。

それにしても FONÓレーベルは、 Sándor Fodor (Neti) やCsík Jánosなど、知らないうちに「正解」なCDを多く出してる。 私なんぞは、しばらく前まではハンガリーのレコードはHungartonしかないと思ってた。 というかハンガリーのレコードはみんなHungartonと書いてあって、 "made in Hungary"みたいな意味だと思ってた。 それにしても、あの"ÉLŐ NÉPZENE"がエローなつかしいなあ。 そりゃそうだ、もう18年前だもんね。でも、あれを、超えるレコード(CD)は、いまだに無いと思うぞ。

ちなみに、その"Utolsó Óra program"のシリーズは、こうなっている。■

Váralmási Pici Aladár es bandája - Kalotaszegi népzene (1998)
Budatelke-Szászszentgyo:rgy - Mezőségi nepzene (1998)
Bare-Magyarpalatka " A Macsingok" - Mezosegi nepzene (1998)
Gyimesbu:kk-Hidegség;Timár Viktor es bandája - Gyimesi népzene (1999)

folkMAGazin (Aug.1 1999)

Web上で見られる、ハンガリーフォークダンスの雑誌 "folkMAGazin"の99/2-summer号が、発刊されました。 今のところ、PDF形式のみ掲載されていますので、読みたい方は、 AcrobatReaderでご覧下さい。("PDF"だとか、その辺の意味が不明な方は、 掲示板" NET TANCHAZ" で尋ねるか、 Webmaster までメール 下さい)
これって、昨年の98/3号からは、印刷のセキュリティーが外れて、印刷出るように なったんだよね。こっちはありがたいんだけど、大丈夫なんだろうか。 いずれにしても、英語の抄訳以外は、全てマジャール語だけど、写真もまあまあ使 われていて、見るだけでも得した気分にはなれる...かな。■
FolkMAGazin : http://www.c3.hu/~folkmag/ (リンク切れです)

by odoribe | 2001-01-01 00:00 | ひとりごと | Comments(0)
   
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