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カテゴリ:言いたい放題( 15 )
セーク村の踊り(Széki táncrend)
こんなにセークの踊りをいっぱい踊るのは何年ぶりだろう・・・。
踊れば踊るほど、その魅力に取り憑かれる。
というわけで、セークの踊りをわくわく交流公演の出演に向けて練習している。

セークと言えば、すばらしい写真集「ルーマニアの赤い薔薇」(みやこうせい)である。
そして、我々にとってセークの踊りは、いわば、原点である。
1972年に始まったターンツハーズ運動は、セーク村の踊りの紹介から始まった。この詳細は、鈴木仁さんのすばらしいコラムにあります。
そして、1979年のティマール氏の日本での最初の講習会もセークの踊りであった。
つまり、始まりはセークなのである。「ターンツハーズ」という名称も、セーク村の人がそう呼んでいたところから、都会でもそう呼ぶようになった。ターンツハーズで壁際に何故か椅子を並べる習慣もセークの模様を真似たものと言われている。

ところで、ハンガリーの踊りの特徴の一つは「即興性」なのだが、セークの踊りでこそ、それを強く感じることができると思う。というより、そうしたいのだけど、とーっても難しいのである。これぞ名人、すなわち踊り部の映像を見ると、もう、「かっこいい!」としか言えないのだな。

時期は5年ほど前のようですが、セーク村の様子は、ここにも良く書かれています。クララさんはお元気でしょうかね。ウルルンの録画DVDは大事に持っています。
どうも、この録画がYou Tube にあるようだが、、、まぁ、違法ですから。
なんと、アシスタントは高橋由美子が、、この後、庶務2課に配属され占い師のOLさんになるわけですが、、、。(スミマセン どーでもよいことです)


by odoribe | 2015-02-26 23:40 | 言いたい放題 | Comments(0)
Galgamenti Táncok
ティマール講習会が無事終わりました。
今回の講習は,ガルガメント地方の踊り。この踊りをティマールさんが講習するのは,わたしが覚えているだけで4回目ですかね。確か直前の回は,余り遠くない昔にショービデークと合わせて講習されたという記録(2002年と判明)があるけど記憶はほとんどない。
で,1回目はというと,当時若かったこともあって,実は結構おぼえている。1985年だから・・・っおぉーっ,21年前かー。でも,当時習った踊りは微妙にというよりも結構大胆に異なっていた。そもそも女性を飛ばす方向が,今回とは逆だし,その前の動作も異なっている。。その時以来その踊りは習ってなくて,そもそもGalgament自体が,2000年の京都が2回目だから,あの踊りはどうなったんだろうと,ちょっと不思議がっていたのだ。
いずれにしろ,1985年のそれは今回習ったBag村とは別の村の踊りだったのだろう(質問しようと思っていたけど聞き忘れた)。
※つまり,Galgamenti Táncokというのはガルガ川地域の踊りという意味で,Bag村もあれば講習会でも名前の出たKartal村他もある。
そんなわけで,何かわだかまりがあったのだけど,今回,ようやく整理して覚えられた気がする。でも,ひょっとして次に習った時もそう思うのかもしれないと考えてしまう自分が・・・何だか悲しいのだけど。

さて,Galgament(Bag)の踊りは,意外にしゃかしゃかした踊りだ。見せてもらった国立舞踊団の踊りでもなおのことで,あんなしゃかしゃか,キビキビした踊りだったのかとびつくり。同じ方面のリモーツとかヘベーシュだとかと比べるとベルブンクのテンポも速い。それに何だろう,あのチャパス。連続版アトリックスのCMというか,打ち合わせるというより摩擦で皮膚が擦りむけて毛細血管がむき出しになりそうというか。あれだけは,とうも腑に落ちない,というかふざけているとしか思えないと思う今日この頃なのだ(キッコ風)。

Bag村には,実は2回ほど行ったことがある。最初は,ティマールさんに連れられて村のフェスティバルにいった。公民館で地元の村の舞踊団を始め,チガニの踊りなんかもあった。多分,講習会でちらりと見せた映像も年は違うとして同じだと思う。ハンディーながら,しっかり撮ってきたのでそのうち踊り部の例会でも見る機会があると思う。でもその時は,そんなにしゃかしゃかした印象はなかったりけどね。
2回目は,特に何かのイベントではなくて,たしか,Hollókőにレンタカーで行った帰りに,よってみたものだ。まぁ,暗くなりかけていたし,特に何も無かったけど。

それにしても,今回,本当,良い演奏の録音だった。「意外なしゃかしゃか」感も,あの演奏だったらいける。長さも,とっても長くて全部で30分以上。タンツハーズでそのままかけるには,ちょっと時計と相談せざるを得ないかな。
by odoribe | 2006-10-25 01:51 | 言いたい放題 | Comments(0)
夢の出来事
生演奏で踊る,生演奏で踊りの練習をする,生演奏で歌う・・・。

現地の踊りのシーンでは,ごく当たり前のことですが,現地ではなく,かつ,他の民族である我々にとっては,ほんのちょっと前までは夢の出来事でした。

正確にいうと,講習会とか,現地の楽団が来日した機会では,たまにありました。私の記憶で古いところでは,19年前の1986年に「ハンガリー・フェスティバル」で来日したTékaがTáncházを開きましたし,新しいところではロマフェストの楽団や,ちょっと遡って2000年のMétaなどです。あっ,バイダセンティバーニからもプリマーシュが来日しましたね。
一方で,2000年頃からは,日本国内でもハンガリーの民族舞踊の音楽を演奏しようという動きが始まりましたね。流れを作ったのは,名古屋の土香でした。その後,関東でもグループが誕生(キチ・ゼネカル)して,今や大きな流れになっています。まさに,楽器ブーム。
考えてみれば,日本でのタンツハーズタラールコゾーが始まったのも2000年でした。勿論,そこで,彼ら日本の楽団に演奏していただいたのは言うまでもありません。まさに,夢の出来事が現実となったわけです。
2000年が1つの転期だったのかもしれませんね。

しかし,それだけではまだ何か足りない。
だって,その音楽はその時にしか無くて,いつもは無い。まだ,特別な存在なのです。それだけでは,夢の出来事は,日常の踊りの場では,しょせん「ゆめ」のまま

それが,6月4日の例会で,「現実」に進化しました。
カロタセーグの歌を,生演奏を伴奏に練習しました
---- diary* So Orange "something to think about..."
本当に申し訳ないくらいの短い時間でしたが,私にとっては,本物の夢の出来事の実現,言い換えれば,本当に生演奏を「手に入れた」瞬間でした。
演奏は,勿論,すばらしく,そこには,何か魔法の粉でも振りかかったような,これまでの彼女の演奏からは大きく変わった何かがありました。(パプリカの粉かもしれません)
そして,まだまだ良くなるうれしい予感。
なんて,贅沢な気分でしょう。

それにしても,私が生きているうちに,通常の例会で生の音楽に乗せて練習をすることができるなんて考えてもみなかった。決して大げさな表現じゃないですよ。
by odoribe | 2005-06-10 19:46 | 言いたい放題 | Comments(0)
世間の風(爆)
フォークダンスは絶滅の危機なのか? | Excite エキサイト
「えっ,何だって!」
といっても,これは,エルデーイの話ではなく,ハンガリー国内の話でもなく,日本の学校での話(笑)。
つまり,学校ではフォークダンスが踊られなくなったということを言いたいらしい。
まあ,そんなことはどうでも良いが,この記事の中に,フォークダンス関係者(笑)の談話として,
「高齢化社会の到来で、フォークダンスは今、年配の人たちの代表的なレクリエーションのひとつとして活発に行なわれているんですよ」
・・・だそうで,
「・・・・・・(-_-;)」
まあ,その世界を否定する気は毛頭ありませんけど,フォークダンスは,その世界だけでもないわけで,なおかつ,そんなポジティブ風に言わんでもねぇ。この方は,マスコミなどに取材されるたびに,常にこのように答えるんでしょうね。ウーム。

でも,
「普段着られない派手なヒラヒラスカートをはけること」「衣装を手作りする楽しみ」「好きなときに踊り、疲れたら休むという自分のペースでやれること」などなど。
いや,ひとつひとつ読めば,たしかにその通り。でも,それは主ではないでしょ。それに,「ヒラヒラ」はないし。

というわけで,マイナーな世界から抜け出せないこちらの世界ですが,「ケーッ」と思いつつ楽しみましょう(爆)。
※田崎さん,読んでくれたかな?(我々もオリンピックセンターには,たまーにお世話になっております。)
by odoribe | 2005-05-18 22:59 | 言いたい放題 | Comments(0)
ジプシーの踊り手たち
2月27日のさいたま芸術劇場,3月4-5日の第1回ジプシー・シンポジウムと,しばらく身も心もジプシー漬けになった1週間でした。
今回も,2001年に続いて,踊り手も楽団も100%ジプシーによる来日でした。踊り手が男性10名,女性3名,楽団がサースチャーバシュから3名(踊りも名手)と「スーパーマイスター・ヤコブ・アティラ」を中心とした5名で,計20名程度といったところです。踊り手たちは,いずれもROMAFESTで優秀な成績を収めた踊りの名手達。といっても,その年令層(男性)は14才から21才で,中でも15才が中心です。

もともと,ジプシーの踊りに対する私のイメージは,「芯から踊りが好きなんだよなー」と思わせるストイックさと天真爛漫な快活さでしたが,今回も期待以上でした。
音楽が聞こえれば,体でリズムを刻まずにはいられない。その音楽が無ければ,自分の口と体を使って音楽を作ってしまう。そんな天然の踊り好きが,特にシンポジウムにおいては,同じ目線で触れることが出来たのが良かったですね。

そして,改めて特筆すべきは,彼らの技術の高さでしょう。休むことなく常に装飾を重ね,かつ,独特のキレを随所に見せる足の動き。速いテンポの音楽を,これでもかと言うくらいに細かく分割して刻む,高速かつ正確なチャパシュ(手で足や体を打つ動作)。その動きの豊かさと正確なリズムは,見ているものに熱狂と,ある種の清涼感も与えます。

シンポジウムの中での増永さんの話によると,今回来日しているジプシー達のいるムレシュ地方は,現在,ルーマニアでも日常的にフォークダンスを踊る習慣が残っている唯一のところだそうです。おそらく小さな頃から,遊びの中に,もしくは遊びの中心に踊りがある生活をしているでしょうね。そうした中で,技術がどんどん磨かれてきたのでしょう。じゃないと納得できないよねー(笑)。ある意味で,彼らはフォークダンス本来のレベルの高さを唯一継続している存在かもしれません。

思い起こすと,ハンガリー人の踊りでも,時々昔撮影された8mmフィルムの映像を見る機会がありますが,その中には,現代のダンサーを黙らせてしまうような技術と上手さを兼ね備えた踊りも多いですね。フォークダンスがフォークダンスであった時代だったのかもしれません。しかし,残念ながらその踊り手たちはすでにこの世にはいないわけです。そんな8mmの世界が,まだ,ここにはある,ということかもしれません。

ところで,彼らの踊りを何度も見ていると,いわゆる「フォークダンス」というよりも,むしろニューヨークかどこかのストリートダンスに近い感覚を覚えました(本物のストリートダンスを見たことはありませんが)。とすれば,もう少し洗練させれば,ポップでメジャーな世界でのデビューもありうんじゃないか,とも思います。それは,技術の高さもさることながら,かつて,ジプシーの音楽家達が,かれらの音楽を世界に広めたと同じように,踊りも,世界,特にポップな世界で受け入れられやすいエンターテイメント性,つまり,汎用的な格好良さを持っていると思うからです。

今回の踊り手での,私にとってのトップ賞は,Szanto Attilaさんですね。今回多数を占める15才の少年達の踊りは,返す返すも,その技術の高さ,快活な表現には目を奪われるものがありましたが,+アルファは無い。何度も繰り返し見てしまうと,どうしても予測がついてしまう部分があります。勿論,体格から来るハンディもあります。やはり,そこは少年の踊り。発展途上です。
そして,Attilaさんの踊りは,そのフィジカルの強さに裏打ちされた,よりインパクトの強い表現力,そして,その余裕から来る色気もありました。後者の方がもっと出てくると,さらにすばらしい踊り手になるような気がします。

<続く>
by odoribe | 2005-03-09 17:27 | 言いたい放題 | Comments(0)
ブルガリアンボイス
今回の「青きドナウの旅」ハンガリー3部作で最も印象に残ったのは,ホッローケーではなく,また,エリザベートでもなく,そしては実はハンガリー関連ではない,「ブルガリアンボイス」でした。
これは,初回の「プロローグ・・・」で放送されたものです。途中,ピアニストの西村さんが,河口のドナウデルタからハンガリーに向けてドナウ川を遡る過程で周辺の世界遺産の各所を訪れた時の録画のパートがありました。その中で,ブルガリアの村のおばちゃんたちが,6~7人で民謡を歌うシーンがあったのです。
もちろん,ブルガリアンボイスそのものは,学生時代から知ってましたし,当時は芸能山城組のレパートリーにもなってちょっとしたブームでした。だけど,この放送で聞いたブルガリアンボイスは,それまでイメージしていたものとかなり違ってました。

それまでのイメージは,声質が透明に近いというか金属的というか金沢明子というか(笑),そんな感じでした。しかし,このあばちゃんたちの声は,太い。そして,強い。声の出し方は,私のイメージしていたブルガリアンボイス的な部分はあるし,また,ハモり方もその通りなんですが,とにかく太いのです。お年のせいなのでしょうか。若い人は,もっと高い声なのでしょうか。私にはわかりません。ただ,その太さ,力強さが私にはとても良かった。

番組中の解説によると,彼女らの歌は,わざと調和しないで合唱し,それによって作物の生育を促すということです(そう言えば,聞いたことがある)。さらに,彼女らは通常の音階よりも細かな音階も使って歌うとか・・・なるほど,ということは微妙にはずれててもOKなわけですね,よしよしと(爆)。
by odoribe | 2004-12-02 21:01 | 言いたい放題 | Comments(0)
「踊ること」
私が「踊ること」に関して漠然と考えていた,感じていたことを的確,かつ,簡潔に表現したコラムに出会いました。フォークロールレポートのウェブサイトにある新コンテンツ「私も一言・俺にも言わせろ」に掲載されている先崎宏伸氏のコラムです。おそらく,スロバキア国立民族舞踊団公演(1993年)のパンフレットに掲載されたものだと思います。まずは、読んでみてください

読んでいただければそれで十分なのですが,ここからは,私の余計な一言です(笑)。

続きを読む
by odoribe | 2003-10-22 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
タラフ・ドゥ・ハイドゥークス #2
前回、#1で私は「クラブ・クワトロの音響は日本一最低だ!。」と書きました。これは、読み方によってはとても過激な言葉です。これを読まれている方で、もし関係者がいるとしたら申し訳ないと思いますが、あの状況での私の正直な気持ちの表現として書いたものです。そして、そこから音響や主催者に向けて、批判論を展開したり要求したりなんてことは毛頭考えていません。

逆に、あの時のコンサートは、興行的にも質的にも成功の部類に入るものだったと思います。多くの観客が集まり、その大多数が感動を覚えて帰っていった。主催側と客側の双方が満足できるすばらしいコンサートだった。やるじゃないかプランクトン、期待してるぞプランクトン、頑張れプランクトン!。(皮肉じゃないですよ)。

・・・しかし、私は大不満。怒りふつふつわいてくる。

それだけのことです。なんせバイオリンの音がしていないんですからね(しつこいけど)。

まー、こういうことはマスを相手にする限り枚挙にいとまが無いし、べつにこの世界に限ったことじゃーない。どの世界でもちょっとでもディープな人は、大多数と異なる感覚を持っている。そんなことは当然として受け入れてるわけです。

むしろ、私の興味は、こんなマイナーなジプシー(それもルーマニア)音楽が、なぜ今若い人の中で、こういう形(ロックのように)で興味を引いているのか、です。タラフは、決して一般受けの良い演奏、演目をしてたわけじゃない。例えば、定番の「ひばり」とかもやっていない。

一方、客席のノリは、ロック調であったとは言え少なくとも彼らの音楽にノッたものだった(あの「明るい短調」には戸惑ってたようにも見えたけど)。そういう意味で、お互いが迎合せず、生のまま表現し合っていた。しかし、コンサートの一体感はなかったんじゃないか。
by odoribe | 2001-09-26 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
タラフ・ドゥ・ハイドゥークス #1
渋谷のコンサートに行きました。平日なので、ぎりぎりに着きましたが、友人が場所を取っていてくれたので、前目のスペースに入りました。そう、あくまでスペースです。みんな立っています(笑)(何で椅子がないの?ムジカーシュの時はあったよ)。観客は、若い人があふれかえって、すごい熱気です(何でこういう人たちが、こんなもんに興味があるの?)・・我々マニアグループは、首をかしげるばかり。

そして、タラフ登場!と同時に「ギャオー」というすっごい歓声の嵐、演奏が始まってもボリューム一杯の歓声が続く(バカヤロー、全然演奏が聞こえないじゃねぇか、静かにしろー!)。おまけに、楽器のアンプもボリューム一杯。よく見ると、バイオリンの本体にマイクが貼り付けてある。とってもじゃないけど、バイオリンの音じゃねぇよあれは、キンキンと単に耳が痛いだけ。クラブ・クワトロの音響は日本一最低だ!。

さて、舞台は演奏から唄に。DVDで見覚えのあるおじさんが歌い上げるところ。歓声もようやく静まる。しかーし、何やら回りの観客の様子がおかしい。とっても変だ。何やら、みんな、上体を下からすくい上げるようにリズムに乗せてゆらしている(イスラエルにこんな動きがあったような)。とにかく、気味が悪い。何かに取り付かれたようだ(みんな落ち着いて音楽を聞こうよ)。何とかしてくれー。

そのうち、我々の一部は、もう限界らしく前の位置から、ずっと後ろに引っ込んでしまう。こちらも、回りが熱狂すればするほど、余計に冷めていくのを自覚する。再び、速い演奏になり観客のキャン声も最高潮。音はあいかわらずキンキン状態。音楽を聞いているとはとても言えない。しかし、後ろから「すっごい、すっごい」「最高ー!」という女性の叫び声が聞こえる(だいじょうぶかー)。

とまあこんな感じで最後まで続く。変だったのは、どうやらこちらだったみたい。チガニーとかルーマニアの音楽を聞ききたいなんて思っちゃいけないのよ。あれは、おそらく「ワールドミュージック」なんですよ。というわけで、期待度120%だっただけに、がっかり度100%。タラフは、DVDで十分です。その後、買ったCD聞いたら、これがいいんですよ。演奏も良いし、いい音、いい録音してます。それだけに、「どうしてあんなコンサートにしちゃうの」と、変な人は思うのでした。
by odoribe | 2001-09-17 00:00 | 言いたい放題 | Comments(2)
踊り部とは
ハンガリーの踊りは、かなり以前からも色々な方によって、日本に紹介されてき ました。踊り部では、中でも前ハンガリー国立民族舞踊団のディレクターである Timár Sándor氏に注目し、氏の伝えるハンガリーの踊りを中心に練習しています。

ところで、その“踊り部”という変な名前。当初は、その語感の悪さから、結構不評だったという 記憶があります。とはいえ、そこは、代表の独断で(自分の発案だし) 決定しました。そして、まわりが「変な名前」と思いながらも言い出せずにいるという状況を克服しながら、代表自身は、 “踊部”か“踊り部”にするか、はたまた“Odoribe”か、なんていうのを悩んで いました。

この名前の由来は、皆さんが連想されるように「語り部」にあります。語り部 とは、辞書でみると、朝廷で古い言い伝えや伝説を語ることを職業とした方たちだそうですが、一方で、「その土地の語り部」というように、その土地の民話を語り継いでいる方々も、一般に「語り部」と呼ばれていますよね。彼らは、その土地でも語りの名手として認められ、その土地の語り部になったのでしょ う。こうして、語り部たちは、それぞれで伝わっている物語を、文字ではなく、語り継ぐことによって次代に伝えてきました。これは、踊りの世界でも同じでしょう。ハンガリーでも、勿論、日本でも、また、世界のどこの土地でも、その土地に伝わる踊りは、文字ではなく、踊り継 がれることによって伝わってきたのだと思います。そして、その踊り継いでき た方々、特にその中でも踊りの名手を「踊り部」と呼んでもいいんじゃないでしょうか。

このクラブ"踊り部"は、そんな踊り部にあこがれて踊りたいと思う人の集団です。語り部のところに、土地の人々が物語を聞きに集まるように、踊り部のところに踊り手たちが集まる、そんな世界を想像して"踊り部"を作りました。勿論、"踊り部"の会に本物の踊り部がいるわけでは決してありません。それは、集まった人の想像の中にいるとしか言えません。ただ、ある意味で、今の"踊り部"にとっての踊り部の一人は Timár Sándor氏であることは間違いありませ ん。

なんて仰々しくえらそうに言ってますが、その「踊り部」の実態ですが...通常は東京のきたの十字路赤羽駅から埼京線で2駅の浮間舟戸駅近くの会場を使っています。参加メンバーは学生から社会人、時にはお子様、海外出身の方もみえて、様々です。踊りの経験も様々で、ほぼ毎年ハンガリーに行くようなハンガリー度80%以上の方も多いですが、今年踊り始めの方もいらっしゃいます。

いずれにしろ、踊り部のもともと始まりは、私は今こんな踊りを踊りたいんだけど、もし良ければい っしょにどうぞ、というところから始まったわけです。踊り部のモットーは、「踊りを楽しむ」ことです。まあ、たかが趣味の踊りです。肩から力を抜いて、楽しく踊りを楽しむ会 にすることを第1に考えているつもりです。

こんな集まりですが、踊り部に興味のある方、質問などは、以下までお問い合わせ下さい。

踊り部代表 Takashi Kamiya
by odoribe | 2001-09-01 00:00 | 言いたい放題 | Comments(0)
   
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